ふるさと佐久


by newport8865
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佐久のオホウトウとオニカケ、オザンザ

私の実家は、両親とも南佐久の出身なので、食卓にはよく「味噌煮込みうどん」が出る。

幼い頃は、うどん料理といえば、このようなものだと思っていたので、いわゆる店屋物の醤油仕立てのうどんは、少々異質な料理のような感じを受けていたものだった。

私が母親から伝授されたものを自己流にアレンジしたものを紹介すると、人参、長ネギ、ジャガイモなどのありあわせの野菜や油揚げ、竹輪(豚肉)を適当な大きさに切り、それらの具をだし汁で煮て、そこに茹でうどん(玉うどん)を数玉を投入し、うどんに火が通ったのち、味噌で味を調えてできあがりである。どんぶりに盛り付け、好みによって善光寺七味などを振り掛けて食する。夕食の残りは翌朝また暖めなおして食べるが、うどんの腰はもう伸び切っている。学生時代にときおり自炊したものだが、北佐久は望月出身の同じ大学の仲間に作ってやったところ、非常に珍しがっていたが、美味いといってくれた。実家では、野菜ではときおり南瓜やキノコ(特に山取の天然キノコ)を入れることがある。

父は、このうどん料理が好物で、現役時代新潟県に赴任したときには、近隣の商店で「玉うどん」が入手できないことを嘆いていた。(新潟は米文化圏なので、粉食文化的な「玉うどん」を家庭料理で食べる習慣がないのではと言っていた)

しばらくのちに、甲州に「ほうとう」という郷土料理があることを知った。南佐久の「うどん」はこの影響を受けたものだろう。現在、「ほうとう」料理は、山梨県内に多くのドライブイン的な店ができて、高速道路のサービスエリアなどでも食べられるほどで、相当ポピュラーなものになっている。その由来としては、武田信玄の陣中食、つまり合戦の時の戦時食料というものがあるようだ。現在、合戦には単なる武力だけではなく、輜重・兵站つまりロジスティクがいかに重要だったかの研究も進んでいるようだが、このホウトウなどはどのような位置づけになっているものだろうか?

また、山梨県の郷土料理が、長野県の東部に伝わったということは、それだけ人的交流があった証拠だろうが、その影響はいつごろのものだったのだろうか?現在の国道141号線は、江戸時代の信州往還であり、それ以前には、いわゆる信玄の棒道(軍事道路)でもあり、山梨県から長野県への流れとともに、逆の流れも当然あったものだろう。

現在、関西圏が、粉食地帯(いわゆるうどんやたこ焼き、お好み焼きなどの小麦粉を使う食文化地帯)といわれるようだが、佐久の近県の山梨県も群馬県も小麦の産地としてうどん文化があるようだ。これはいつごろから始まったものだろうか?

佐久も北の方では、古くから水田地帯で米食が盛んだったようだが、南は高冷地で水田の実りも悪く、米以外の五穀、蕎麦などを食べることが多かったようだから、「ほうとう」の影響を受けたのであろうか? もともとは、うどんを打つまでの手間をかけることもなく、戦時中や戦後の食糧難の時代のスイトン(水団)料理のようなものだったのだろう。佐久の小麦栽培はあまり聞いたことがないのだが、どのようなものだったのだろうか?

なお、ホウトウ という言葉は、WIKIPEDIAにも掲載されている。北関東では同様の料理を「おっきりこみ」というらしい。

「ほうとう」の名は「餺飩(はくたく)」の音便したものとも言われる。名称としては、うどんと同程度の歴史があり、うどんと同様に中国から伝来した料理と考えるのが自然である。現代の陝西方言でワンタンのことを「餛飩」と書いて「ホウトウ」と発音するが、長安から伝わった料理の可能性がある。同音の「宝刀」や「放蕩」などを語源とする説もあるが、俗説であろう。



ところで、麺料理には「おざんざ」という言い方も、佐久(信州)にはあるようだ。この言葉(方言)も父母がときおり使う。ネットで調べたりすると、オザンザは調理法に限定されて使われるのではなく、より広く麺料理に使われるようだ。非常に不思議な、擬音的な語感の言葉であり、その語源に興味がある。細い麺の様子がザンザと降る雨のようだというような説を聞いたことがある。

また、「おにかけ」という言葉もある。いわゆる味噌煮込み系の「うどん」とは異なり、そうめんのような細い麺料理のある種の食べ方をさすらしい。南佐久の母親の実家で法事のあったときに、親戚や近所の女性がそうめん(冷麦)を茹で、それを水洗いしたのち、小分けに椀に盛りわけ、そこに醤油仕立てで、莢インゲンや油揚げなどの具入りの汁をかけてくれたのを食べたことがあるが、これを「おにかけ」というらしい。つまり、「煮(汁)掛け」だろう。
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by newport8865 | 2006-02-05 20:48 | 行事 風習