ふるさと佐久


by newport8865
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

夏目漱石 と 長野県 

漱石展を見に行っていろいろ刺激を受けたので、漱石についての関心が再燃している。

漱石の妻 鏡子の『漱石の思い出』を読んでいるが、いわゆる修善寺の大患の危篤状態から回復した後に、長野県からの講演の依頼があり、妻鏡子を伴って国鉄高崎線、信越線経由で、軽井沢(教育会の出迎えと会った)を経て長野の犀北館に宿泊し、善光寺に詣でたことが書かれていた。(信越線は、全国の鉄道の中でも比較的早く設置され明治の半ばには直江津まで開通していたようだ。碓氷峠越えは、多分アプト式だっただろう)

その後、今の上越市 高田で、修善寺の大患のときに世話になった長與病院の医師宅に招かれ、諏訪でも講演したことが書かれている(これは恐らく岩波茂雄の縁ではあるまいか)。松本にも訪れたようだ。

また、このサイト http://www001.upp.so-et.ne.jp/fukushi/soseki/nagano.html によれば、その翌年湯田中渋温泉にも来訪しているが、これも上林温泉に友人の中村満鉄総裁と出かけたことが書かれていた。

なお、長野での講演会について、日垣隆が http://homepage2.nifty.com/higakitakashi/kouryou/kouryou04.html
というエッセイを書いている。妻鏡子の同伴の理由と講演会での謝礼の件がどうやら新発見のようだ。


夏目家系譜 http://www2.harimaya.com/sengoku/html/natume_k.html によると、漱石の家系は古くは長野県の夏目という地名までつながるようだ。面白いことに、徳川氏の家来の奥平家に仕えた夏目氏は、大分の中津藩では福沢諭吉の福沢氏と同僚だったようだ。ちなみに、福沢氏も先祖は長野県の茅野あたりの人で、その石碑も立てられているという(このblogでも書いた)。

ところで、タイトルとは関係がないことで感心したこと。この『思い出』を読んでいると、漱石が、鉄道や船を使って、愛媛、熊本など何十時間もかかるはるか彼方に旅をしているが、行ったきりではなく、見合いのために帰省したり、見舞いや葬儀のために帰省したり比較的頻繁に長距離を旅行しているようだ。
[PR]
by newport8865 | 2007-10-23 20:55 | 歴史