ふるさと佐久


by newport8865
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Wikipediaで、律令制頃の信濃国の国府に関係して議論になっている。初めは、その議論の当事者ではなかったのだが、平安時代の一次史料(資料)には筑摩郡としか出ていないことを根拠にして、それ以前に小県郡にあったと推定している学説(長野県の歴史研究では通説だろう)をwikipedia記事から抹消しようとする編集者がいるので、その人の編集を取り消しているうちに遣り合う破目になっている。

Wikipediaは独自研究を認めないというガイドラインがある。一次史料に書かれている事柄はその一次史料が成立した時点の情報としては相当信憑性が高いことは認めたい。しかし、一次史料成立前の事柄について何も書かれてはいない場合、「一次史料のみに頼り、一次史料に書かれていないことは全て間違っている」(つまり小県国府があっただろうという推定が間違いだということ)という論理展開自体が一つの学説で、それが公開された論文や書籍に掲載されていなければWikipediaでは独自研究に過ぎず、そのような独自研究は自分のサイトで展開するのは勝手だがWikipediaに書かれていた学説で、自分の独自研究に合わない部分を全て削除することはガイドラインを逸脱するものだという趣旨を繰り返し説明(ネットでは論争相手のリテラシーが低い場合、またはわざと韜晦している場合にはもどかしい)してようやく編集合戦が終息している。

全国的に見ても、国府(都市)、国衙(役所)の遺跡が発掘されたり、特定されたりしたケースはそれほど多くないらしく、上田の国分寺跡のように、近くに国分寺を伝える寺が存続し、礎石が立派に残っているのは珍しいようだ。相模の国などは、国府(小田原に国府津という地名はあるが)は位置も明確ではないようだ。

さて、国府について調べていて、令制国の下にあった評(こおり)、郡である佐久郡の記事を少し書き加えようと思い、郡衙についてネットで調べたところ、佐久市の長土呂の西近津遺跡群のニュースが目に入った。佐久地方を南北に縦貫して山梨県に入り、静岡県に達する自動車道の工事現場からいくつもの遺跡が出土しているのだがそのうちの一つで、弥生時代の竪穴式建物としては国内最大級ものが見つかったり、平安時代の銅印が発見されたりしたという。このあたりが、佐久郡の郡衙推定地に近い場所とのことだ。

地図で確認すると、発掘現場は、我が家が父の知り合いの家から家庭菜園用に借りていたことのあった場所に近く、父はその畑周辺から土器の破片や、瓦の破片なども表面採取で結構採集してきて、現在も保管している。今回のような大工事がなければ、古代史研究者が郡衙推定地として予測していても調査は適わなかった場所なので、その意味では開発もむげに否定できないものかも知れない。

現代では、濁川が田切地形の崖下を流れ、水利のあまりよくない場所で、ほとんど畑として使われており、集落はほとんどない場所だが、広々とした見晴らしのよいところでもある。また、近くの駅名・地名に 中佐都(なかさと)というものがあり、この地名がいつから成立したものかは分からないが、郡衙があったと推定され現に大集落が発掘された場所の近くにあるので、意味深な名前に見えてくるから不思議だ。

なお、佐久の神社については、新海三社神社が一の宮として古くから信仰されているが、奈良・平安時代の郡衙が長土呂に推定されていることから考えると、長土呂にある近津神社(新海三社神社関連の記事で少し言及している)も郡衙推定地に近い比較的規模の大きい神社として注目されるかも知れない(近津の昔の地名は千鹿頭=建御名方の子の名前だったという)。

日本語とアイヌ語関係サイトに近津・メモという興味深い記事があった。

その後、11/7の信濃毎日新聞に、西近津遺跡群からの出土物として、楷書の「郡」が書かれた土器が発見されたというニュースが出ていたので、wikipediaの「佐久郡」に追記した。これにより、西近津遺跡群の周辺が一層郡衙の跡の可能性が強まってきたようだ。

この11/11(日)には現地見学会が開かれるという。

横浜市では都筑郡衙が特定され、横浜市の歴史博物館(その近辺に大規模な弥生遺跡である大塚・歳勝土遺跡がある)でその復元模型が紹介されている。

都筑郡衙跡のように、西近津遺跡群も高速道路の工事とともにまた地中に埋められてしまうのだろう。開発がなければ発掘による発見もなかったのだろうが、何か矛盾を感じる。
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by newport8865 | 2007-11-06 20:25 | 歴史